「あなたが苦しいのは社会システムが狂ってるからです」の言葉に涙腺が崩壊した話

抑うつ

東大教授・安冨歩さんが「生きづらさ」に言及した記事に涙が止まらない

「あなたが苦しいのは社会システムが狂ってるからです」東大教授・安冨歩の発言になぜ共感が集まるのか|Yahoo!ニュース

「あなたが苦しいのは社会システムが狂ってるからです」東大教授・安冨歩の発言になぜ共感が集まるのか(石井志昂) - Yahoo!ニュース
「ふつうの人を見て『なんであんなことできるの』と思ったら、それは正しい問い」など東大教授・安冨歩さんの発言に共感が広がっている。安冨さんの指摘をふり返るとともに、部分的にでも解決策がないのかを考える。

この記事を読んだら涙腺崩壊しました(´;ω;`)

ここ数日また情緒不安定気味で、泣いたり笑ったりコロコロ忙しい精神状態だったんですが、そういう時にこういう記事を読むともうダメですね。

ぜひ先のリンクは全文読んで頂きたいんですが、とりあえずこの記事では私の涙腺崩壊ポイントを引用して紹介します。

「つくられた自分」が成果を上げても嬉しくない

記事で紹介されている東大教授・安冨歩さんは、著書で「人は、自分自身でないものフリをしているからつらくなるんだ」という指摘をしています。

でも多くの人は、想像力によって「自分じゃないもの」になりすましています。それをやめればいいだけなんですが、これがなかなかやめられないはずです。親に、そうなれと教え込まれているんです。

私の場合も「親の教え」にみごとにはまって京都大学へ入り、一流企業に就職しました。でも、京大に合格しても一流企業へ就職しても、全然うれしくなかったんです。

なぜうれしくなかったのかと言えば、そのときの私が「自分自身」ではなかったからです。「自分じゃないもの」がいくら成功したって、私がうれしいはずもありません。

◎つくられた自分だから

ゲームの「ポケモン」ってあるでしょ。受験や就職で戦っていたのは、私じゃなくて私の「ポケモン(社会に適応するためにつくられた自分)」だったんです。成功しても、それは私ではなく私の「ポケモン」が成功しているだけなので、うれしくないんです。私だけでなく、ほとんどの人がそうなんです。子どもは親の「ポケモン」だし、戦っているのは、その子自身の「ポケモン」なんです。

出典:「あなたが苦しいのは社会システムが狂ってるからです」東大教授・安冨歩の発言になぜ共感が集まるのか|Yahoo!ニュース

そういえば、私が神戸大学に合格した時も、就活を順調に進めて大手に内定をもらった時も、うれしいというよりは「ほっとした」気持ちでした。

もちろん自分が望んで志願したところではあるんですが、そこに入れて嬉しい!というよりは、「自分が超えるべき最低ボーダーは割らずにすんだな」という消極的な安堵感で、そのボーダーは誰が作っていたのかというと親や自分の周りの人達だったような気がします。そしてそれを、自分が設定したボーダーだと長らく思い込んでたのかな。

「社会のほうがおかしい」と認識する

なぜ「自分自身じゃないもの」をやめられないのか。それは子供のときから「親」に仕込まれているから。システムに適応することが善だと教え込まれているから。

でもそんな中で自分を見失わずに生き抜く方法について。

 もちろん、それは不登校の親にかぎったことではありません。ほとんどの人は狂ったシステムのなかで平然と生きています。現代の社会システムのなかでは、人は自分自身を殺さないといけない。そうしないと生きられない社会になっています。

たまに満員電車に乗ると「なんなんだ、これは」と恐ろしい気持ちになります。でもみんな平気で乗っている。平気なほうがおかしいんです。みなさんがふつうの人を見て、「なんであんなことができるの」と思ったら、それは正しい問いなんです。

――そんななかで自分を見失わずに生き抜いていくにはどうすればいいのでしょうか?

「おかしい」と意識することです。システム全体が狂っていることを認識することが大事です。でも、そんなひどいシステムでも、それしかないから折り合いを多少はつけないと生きるための資源が手に入らない。どうやって最低限の折り合いをつけるかが問題です。

出典:「あなたが苦しいのは社会システムが狂ってるからです」東大教授・安冨歩の発言になぜ共感が集まるのか|Yahoo!ニュース

社会は「おかしい」と認識すること。システム全体が狂っていることを認識すること。

これを読んで涙腺崩壊した時、私は頭ではそうだとわかっていても、心ではそれを受け入れてなかったんだなと思いました。

ずっと自分の方がおかしいと思っていたし、今も正直思ってる

私はずっと、社会に適合できない自分の方がおかしいんだと心の奥底では思っていました。

普通に生活できてる人が大半なのに、それに耐えられなくて飛び出した結果、貯金も使い果たして鬱になって、まさに「上から転がり落ちた」私は人としてダメな存在なんだと思っていました。そしてその責任は0から100まで自分にあると。←この時点で認知の歪み爆発してるけどとりあえず続けるね!(`・ω・´)

人としてダメな存在だから、もう自分のことが嫌になって(前から嫌だったけど)、そんな自分を人に見せたくなくて人付き合いもめっきり減りました。あんなに仲良くしていた学生時代の友人たちとも会うのが怖くなりました。自分だけが置いてけぼりになっている気分になるから。

ここからどうやって「普通」に戻していったらいいのか、頑張れど頑張れど成果が見えずに途方に暮れていました。「もう人生やめたい」と「それでも前を向かなきゃ」を行ったり来たりする生活が今でも続いています。

これを書きながらも涙がボロボロ出てきます。なんで泣いてるのか考えてもわからないんですが、とにかくボロボロ出てきます。

こんな私でも自分を許していいの?

そんな私でも、「あなたが苦しいのは社会システムが狂ってるからです」この言葉に救いを見出していいんですかね?

正直、その言葉にほっとする自分と、そうやって自分を騙して甘やかしちゃいけない、と言う自分が同時に存在しています。

「あなたは悪くない、社会のせいだ」を認めてしまった瞬間に、自分を駆り立てる何かが無くなってしまう気がして、もう完全にストップしてしまいそうな気がして、そのせいで私は自分責めがやめられないんだろうか。

「今起こっていることは全部自分のせいなんだから、自分が何とかしなくちゃ」「自分が全部引き受ければ丸く収まる」という思いをずっと原動力にしてきたから、それを抜き取られてしまったらもう自分は何もできないポンコツになってしまう気がする。それがとても怖い。

何もできないポンコツになるのが嫌だから「一人で生きてやる」って子供の頃に堅く誓ったのに。それが今になってものすごい足枷になってるんだなぁと、こうやって書いていると思います。

安冨歩さんの本をもっかい読み直します・・・

うーん、書いていても、まだまだ私疲れてるなぁ、全然自分の思いは癒されてないんだなぁ、というのを実感します(´д`)

今は正直向き合うのもしんどくて、日々の生活を維持するのに精一杯なので、とりあえずこの記事で泣けるだけ一杯泣いて発散しておこうと思います。

安冨歩さんの本、以前も一回読んだんですが、もう一回読み直そう。うん多分この記事に出会ったのは「もう一回読め!」っていうお告げなんだな。よし↓

前回読んだときに書いたブログはこちら(・∀・)↓

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