親のことが好きだからこそ、自分の気持ちを押さえつける癖がついていた

自然災害に遭った時の家族LINEのありがたみ

この3週間ほど、大阪は地震に大雨にと自然災害に翻弄されています。

今この記事を書いている現在も雨は降り続いています。かれこれ72時間以上ずっと大雨(´・ω・`)

こんなことは人生で経験したことがないです。こんなにも「お日様が恋しい」と思ったことはそうそうない気がします。

でも、先日の地震の時も思ったんですが、本当に携帯電話・スマホって便利ですね。これさえあれば、離れた場所にいてもすぐに家族と連絡を取り合える。すごい時代になったものです。

地震の時は発生直後から家族のライングループで逐一状況を報告しあいました。家族で一番被害が大きかったのは私だったんですが、マメに連絡を取り合えたおかげで家族と比較的早く合流できました。今回の大雨でもお互いに気を付けようね、と家族で声掛けをしあっています。

やっぱりこうやって家族の無事が分かることや、たとえ自分が被災してもケータイで繋がっていると思えることがどれだけ安心材料になることか。

そう、やっぱりなんだかんだ言って、基本的に家族のことは大好きなんですよ私(・ω・)

大好きだからこそ自分を抑えつける癖がついてしまった

このブログには、自分の心理状態や精神的な問題に家族が及ぼした影響について沢山の記事を書いています。

でも、あれだけ過干渉が辛かったー、母親との関係がー、抑圧してた感情がー、という文章を山のように書いてはいても、家族のことはちゃんと大事は大事なんです。

ただ無意識に自分を抑え込んでいた頃って、「大好きだからこそ、家族(特に母親)の機嫌を損ねることをしてはいけない」になってたんですよね、多分。

お母さんのことが大好きだから、お母さんの顔を曇らせるようなことはしてはいけない。お母さんの好意はすべて受け取らなければいけない。

そして、お母さんの気持ちに背くような感情や意見は抱いてはいけない。

「あなたのためにやってあげてるのに」と言われたら、たとえそれが私には不要なものだったとしても為すすべはなかったんです。断れば罪悪感が募るだけですから(´д`)

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「要らなければ断ってもいい」をようやく知った

今この過干渉問題に向き合ってはや数年、20代後半になってようやく「相手の好意にかかわらず、いるものはいる、いらないものはいらないと言っていい」ということが少しずつ飲みこめてきました。

それまではそれが「いけないこと」として頭の中にインプットされていたので、人の誘いや提案を断るたびに「自分はやってはいけないことをしてしまった」とう気持ちが積もっていってましたから。

そしてそのたびに、「自分の気持ちを優先することは悪いことだ」という無意識の罪悪感につながるんですよね(´・ω・`)

でも、実はそうじゃなかった。

別に要らないものは要らないって言ってよかったんだ!!( ゚Д゚)

いや信じられない人には信じられないかもしれませんが、まじで大文字にするくらい衝撃的なことだったんですよ私には

そしてこの感覚が分かる人も、これに気付いて、少しずつでも飲みこむことが出来れば、大分気が楽になると思います。

あとこれに関連して、ぜひこちらの記事も読んでほしい(・ω・)↓

心屋仁之助さんのとあるブログ記事 どうも、最近過干渉(過保護)についての関心が止まらないmisoです(・ω・) 私自身がかなり過...

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