「幸せになりたくない」という潜在意識の想いについてもう少し深く分析してみた(1)

「幸せになりたくない」について本気出して考えてみた

この見出しにピンとくる人とはお友達になれそうな気がする(・ω・)

以前こちらの記事で、どうも私の潜在意識は「幸せになりたくない」と堅く決心してしまっているようである、ということを書きました↓

幸せになることに、相変わらず自分にブレーキをかけている やっぱりどうも、人生うまくいかない(´・ω・`) どうも、ここ数日かなり...

「幸せになりたくない」なんて、んなアホな話があるかい!(゜д゜)と思われる方も多いと思います。ところがどっこい、人間ってのは不思議なもので、実は心の奥底では幸せになることが怖いと思ってる、ということが結構よくあるそうなんですね。

私がまさにその典型で、どうやら私の潜在意識は「幸せになると(別の形の)不幸がやってくる」ということを頑なに信じ込んでしまっているようなんです。

これについてもう少し深く思いを巡らせて分析してみたので、ちょっと文章にまとめてみます。

幸せになると、どうなってしまうと思う?

まずそもそも私は、「幸せ」という言葉をどういう意味でとらえているのか?

これについて、今のところの私は「幸せ = 成功すること、評価を得ること、お金を稼げていること」という風に思っているようです。まぁイコールっていうとかなり語弊があるんだけども、幸せを構成する要素としてこういうものたちは必要なんだろうなと。

で、この次がキモなんですけど、じゃあこの「幸せ」な状態って何なの?幸せになると次にどんなことが起こるの?というところで私は

①人からいじめられる、妬まれる、攻撃される
②私が許されるための絶対条件、できて当たり前のこと

という相反することを信じ込んでいるだと!?!?(゜д゜)ということに今回気が付きました。

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①について:いきなり批判されたり攻撃されたりしたらどうしよう、という恐怖

それぞれについてさらに詳しく見てみましょう。まずは「①幸せ=人からいじめられる、妬まれる、攻撃される」について。

ここで私が注目したのは、「誰にそんな風に思われると思ってるのか?」という所。つまり「誰に攻撃されると思ってる?」です。

すると思い浮かんだのは、特定の個人ではありませんでした。昔々あんまり仲良くなかった人たちのイメージ、自分が苦手な人たちのイメージ。また、名前も顔もわからないネット向こうの不特定多数の人、Twitterで見かけた赤の他人にバシバシ中傷を浴びせる人などなど。

ブログやSNSの発言は、特定の人や見せたい人に「だけ」見せることは出来ません。ネットで公開している以上、あらゆる人に見られることは覚悟しないといけないのですが、日々ネットの海を泳いでいるとやっぱり「人を叩くことを生きがいにしている人」みたいなのはちょくちょく見かけるわけで。

ネットだけじゃなくて現実世界でも、自分は普通に暮らしているだけなのに、こちらには不可解かつ理不尽な理由で唐突にブン殴ってくるような人って残念ながら存在します。

その「訳もわからずいきなり切りつけられるような」状況が、私はめちゃくちゃ恐いんですよ(´・ω・`)

正直こういう人たちって自分にとって大切な存在でも何でもないはずなんですが、自分の安全を確保することにおいて「重要な」存在ではあるんですよね。だからいくら気にするな!と言われても気になっちゃうのかなと(´・ω・`)

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②について:幸せでいなくちゃ許されない?

今度は同じ視点で「②幸せ=私が許されるための絶対条件、できて当たり前のこと」についても考えてみます。つまり「誰に許してもらえないと思ってるのか?」

これは先程とは真逆で、親や家族、仲の良い友達、学生時代の仲間など「自分にとって大切にしたい人たち」の顔が浮かびました。

こういう人たちに対しては、やっぱり自分は元気で幸せな姿を見せていたいし、向こうもそれを望んでいるはず、というのはなんとなくわかるんです。

ただそれが自分のなかで「そうじゃなかったらひどく心配されてしまう」という縛りに変わってしまっているんです。人に心配されたり哀れみをかけられることが、私はとてつもなく嫌いなので。

(なんでそうなっちゃったかはこの辺りにヒントがあります↓)

またまたTwitterを流し読んでいたら大きな気付きに出会いました。 こういう自分にとって大事な気づきが突然ふっと目の...

つまり、

幸せそうじゃない・元気そうじゃない → 心配される(=元気じゃない自分は許されない)

心配されないためには? → いつ何時でも順風満帆でいなくちゃいけない!!(=そうすれば許される)

という公式が出来上がっているというわけ。なんじゃそりゃ(´・ω・`)

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完全に板挟み状態で動けなくなっている件

さてここまでをまとめると、私は「幸せでなくちゃ許されない」と思う一方で、「幸せになったら理不尽に嫉妬されたり攻撃されるリスクも高まってしまう」という恐れとの板挟み状態になっていることがわかりました(´д`)ウワァァァア

まさにあちらを立てればこちらが立たぬ状態。本当は幸せになって心穏やかに暮らしたいのに、「そうなってしまったらまた叩かれるかもしれない」という恐怖で動けなくなっているのです。(また、を強調しているのが地味にポイントですがこれは後述します)

それで、こんな状態でどうやって生きてんだよ!!ってとこになるんですが、まぁ人ってうまいこと板挟みの間を縫って、自分さえも騙しながら巧妙に身をよじりながら生きてるんですよね・・・ってことで続きは後半にて。

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