「何かあったら女の人は結婚して辞めればいい」問題を考える(1)

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「何かあったら女の人は結婚して辞めればいい」問題を考える

こちらのツイート、こんなにもリツイートやいいねをもらったのは自分史上初めてです( ゚д゚)驚

こんなツイートインプレッション初めて見たよ。

こんなにも呟きが広がったのは、最初にリツイートしてくれたのが 母がしんどいの著者、マンガ家・田房永子さん(@tabusa)だったというのがあるんですが、それでもこんなに反響があるなんて正直ビックリしました。

それだけ共感してくれる人が多いんだな、とホッとする一方で、社会にはびこるこの問題の根深さを感じました。

この後にもツイートを少し付け足したので、それも一緒に貼っておきますね。そしてツイートでは結構キツめな表現を使ってしまった上に言葉足らずな部分も沢山あるので、これから数記事にわたって、この問題について考えてみたことを補足していきたいと思います。

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当たり前のようにかけられた言葉に違和感

まず最初のツイートについて。

「まぁ、なんかあったら女の人は結婚すればいいしねー」

これは私がレストランでピアノを演奏していたある日、結構仲良くしてた男性の常連さんと話している時に掛けられたセリフです。職業柄、お仕事帰りのオジサマ達とお話しすることって結構多いんですよね。

で、少々「ん?」と思うことを言われたとしてもいつもならアハハーそうですね〜とその場で流してハイ終わり、なんですが、このセリフは妙に私の心に引っかかり、数日間にわたって居座り続けました。なんだこのモヤモヤした心地の悪さは。

私はこの時感じたモヤモヤが何なのか、長いことうまく言葉に表せずにいたんですが、今のところたどり着いた結論としては、これは「私の仕事、夢、人生を軽く見られた」と感じたことによる憤りだったんだな、と思っています。

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どんなに必死でも「遊び半分」としか見てくれない

私は、ただ与えられた仕事をこなすだけの生活に疑問を感じ、自己実現の達成のためにピアニストという職業を選びました。

私にとっては、会社を辞める決断を下すことも、そこから新たな仕事を見つけることも、自分の人生のために必死になってやってきたことです。

でもそれを「夢を追っかけてていいよね〜、好きなことできるって楽しそうでいいよね〜」という遊び半分にしか見てくれないオジサマたちの多いこと多いこと。(ちなみに女の人にも言われたりします。ここがこの問題の根深いポイントの一つですがこれは後述)

【関連記事↓】

以前演奏を聴いてくれたお客様に、「ピアニストになるなんて夢を追っかけてるんだねーいいねー!」と言われたことがあります。その言葉自体はとても嬉しいものでしたが、なぜか心に引っかかるものが。その理由を自分の生き方と照らして考えてみました。
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人一人の人生がこんなにも容易く軽んじられる社会に愕然

そして冒頭のセリフですよ。女は最悪何かあっても、結婚して辞めればいい。

まぁピアニストというのは比較的「遊びに見えやすい」というのはわかります。更に、私は「自分が必死に生きているという自負があった」という個人的な事情がある分だけ余計に「胸糞」と思ったんだとも思います。

でも、このセリフは別に私のような自由業の人だけでなく、会社でフルタイムで働く女性にも当たり前に投げかけられているんです。

このとき、これは単なる個人的な問題ではなく、

そうか、これほどまでに女の仕事や人生というのは、社会では軽んじられるものなのか。これほどまでに、人ひとりの人生や決断を「なんかあったら辞めちゃえばいいじゃん」と軽く扱うのが当たり前の社会に私は生きてるのか。

と感じ、そっちの方がショックで愕然としたのでした。

【Next>>】田房永子さん(@tabusa)のツイートを紹介しつつ考えます。「何かあったら女の人は結婚して辞めればいい」問題を考える(2)

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