行動することが大事とは言ってるけど、行動できない自分を責める必要はないって話。

行動することが大事だとは書いてきたけど

私は今までこのブログや他のブログ様への寄稿文などで、「なんだかんだ言ってやっぱり行動するのが大事!」という記事をいくつか書いてきました。

以前演奏を聴いてくれたお客様に、「ピアニストになるなんて夢を追っかけてるんだねーいいねー!」と言われたことがあります。その言葉自体はとても嬉しいものでしたが、なぜか心に引っかかるものが。その理由を自分の生き方と照らして考えてみました。
jMatsuzakiブログに寄稿させて頂きました! どうもこんにちは、miso(@miso35miso)です(・∀・) 実はわた...
先日、jMatsuzakiさん(@jmatsuzaki)の主催するブログセミナーに行ってきました!という記事を書きました。 ...

ただ、これと矛盾したことを言うようですが、別に行動できないことがダメって訳でもないんですよね。

私が行動することが大事だな、というのはあくまで行動した後の結果論としてそう実感することが多かったからそう言ってるだけなんです。

実際は「大事なのはわかってるけど、でも・・・!!」という葛藤の方が圧倒的に多いし、行動してる「つもり」になっちゃってそれに気付かない、なんてこともいまだに多々あります(´д`)

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私は先日、自分は「自分と向き合わない言い訳が欲しいがために、重要でないことで自分の時間を埋め尽くしてエネルギーを消耗していた」という...

そういう時に大事なのが、「行動できない自分を責める必要はない」ってことを覚えておくことなのかな、と思います。

行動を起こすときって、自分の勇気ももちろん必要だけど、周りの環境とか、タイミングとか、そういう自分でコントロールできないことについてもベストな状態が整うのを待つ必要もあると思うんです。

だから、行動できない時期がぐずぐず続いてもどかしい思いをしたとしても、それを全部自分の責任として背負いこみすぎちゃうと苦しくなるよ、っていうのは書いておきたい(・ω・)

しがみついた状態で居続ける根性があるかどうか

私の感覚としては、大事なのは「しがみついた状態で居続ける根性があるかどうか」だと思います。

バンジージャンプに例えていうと、飛びたい!と思ってジャンプ台に来たとします。ところがいざ飛ぶ直前になると足がすくんで動けない。これって別に普通じゃないですか。だって怖いんだもの(・ω・)

で、しがみついた状態で居続ける根性というのは、そこで諦めてお家に帰ろうとせず、ジャンプ台の上に乗り続けながら「飛ぶ?飛ばない?」の葛藤をじっと心の中でやり続ける根性、という感じでしょうか。

たまにストレッチして身体を動かしたり、腰に巻いたロープを調節したり、飛べないけどずっと下を覗き込んでうろうろしたり。そうやって「飛べないけど諦めてもいない」状態を保ち続けられるかどうか。ただひたすらじっと、自分のコンディションと外部の環境がベストな状態になるタイミングを待ち続けられるかどうか。

これだって、立派な強みだと思うんですね。パッと動けるのも強みだし、エネルギーを蓄え続けてじっと耐えていられるのもまた別の強み。

だから、もし今行動できなくてモヤモヤしてる人は、今自分はコンディションを調整中なんだ、って思ったらいいと思います。ベストな体調、ベストな天候を見計らって、アタックチャンスを虎視眈々と狙っているんだと。

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「悩み考え続けられるのは逆に根性あるよ」

こういう風に考えられるようになったのは、とある知人からの何気ない言葉がきっかけでした。

私がいつもいつも凝りもせず、自己肯定感の話だったりメンタルの不調の話だったり親との確執の話だったり、自分の「悩み」を核にした文章をグズグズに泣きながら書いて分析しているのを知っている知人から、

「よくそこまで自分に向き合い続けられるよねー。自分もそういうことは昔考えてたけど、『もういいや』ってぺいっと諦めちゃった人間だから、逆に尊敬するわ。ある意味めっちゃ根性あるよね笑

と言われたんです。

そのときに、ずっと考えばかりが先行してモヤモヤしていた私は、「そうか、向き合い続けることが出来るのも強みなのか」「すぐにスパッと割り切って動ける性格じゃなくてもいいんだ」と思えてふっとラクになりました。

そう、メンタル関係の悩みについてはもう少なくとも会社を辞めてからの5年間、もっといえば人の心について興味を持ち始めた中学生のころから10年以上も向き合っているテーマなわけで、でもそれって正直めっちゃ苦しい作業なんですよね。でもそれを時間をかけながらも少しずつ紐解いていくことで、じわじわと自分を変化させていくのが私のスタイルなんです。

そこに気付けると、私はすぐに行動に移れるわけではないけど、「待ち続けること」への耐性・能力が高いらしい、ということでストンと納得できました。

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自分が心から納得しているのならば、どんな未来を選んだっていい

そういう意味では、今なかなか前に進めなくてモヤモヤしている人は「時間が解決してくれる」という手段も大いにアリなわけで。というか、自分で意識出来なくても人間って勝手にどこかしら変わっていってるものだから、それに委ねちゃう。

子供の頃は食べられなかったワサビ入りのお寿司がいつの間にか食べられるようになってたとか、ピーマンの苦味の旨さがわかるようになったとか、そんな感じで気づかぬうちにヒョイっと超えてたりするかもしれないし(・ω・)

向き合っているテーマによっては、それが数日、数週間の話ではなく、下手したら年単位の待ちになってしまうかもしれないけど。それをチャンスを待つ時間とみるか、時間を浪費するリスクとみるかは、もうここは人それぞれというしかない気がする。

要はどっちでもいいんですよ。自分が心から(←ここ大事)納得したならば。

もちろんバンジー飛ぶの諦めちゃってお家に帰ったとしても、それはそれでまた違った未来が待っているんだろうから別に「悪いこと」ではないんですよね。バンジー飛べるまでに費やすはずだった時間を何気なくお家でゲームして過ごしてたら凄腕のゲーマーに成長した、みたいな可能性もあるわけだしね。そういう偶然もまた人生の一興。

行動する・しない・待つ・諦める・・・どんな未来を選ぶとしても、共通して言えるのは「それを選んだ自分を責めないこと」だと思います。

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「行動できない自分を責めているあいだは行動できない」

というわけで、行動することが大事!って記事をいっぱい書いてるけど、それは行動できないことが悪いって言ってるんじゃないよ!ということを言いたかった長すぎる補足記事でした(・∀・)←

出典を忘れてしまったのですが、昔どこかで聞いた言葉で「行動できない自分を責めているあいだは行動できない」というものがあります。

責めはいわゆる「縛り」であり、自分を制限するもの。そこに動けなくてもOKという「許し」を与えると、縛りが緩んで、緩んで出来た余白の分だけ動けるエネルギーが戻ってくるといった趣旨の話だったと思います。

逆説的ですがなかなか本質をついてるなぁという言葉を紹介して、今日はこのあたりで締めくくり(・∀・)

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