もくじ
佐々木正美「子どもへのまなざし」書評
児童精神科医であった故・佐々木正美氏の著書、「子どもへのまなざし」を読みました。
「どういった姿勢で子供・子育てに向き合えばいいか。」
いつの時代も子どもを持つ親の前に立ちはだかるこの大きな問いに対し、児童精神科医として数多の保育所、児童養護施設を訪れ、直に母親や保育所スタッフの声に触れて感じたこと、考えたことが、やさしいことばでわかりやすくまとめられている本です。
ちなみに続編として「続・子どもへのまなざし」「完・子どもへのまなざし」という本も刊行されていて、全3部作となっています。
「エリクソンの発達論」を取り上げながら子育てのポイントを紹介
子育ての基本的な姿勢について、本書ではアメリカの心理学者エリクソンの発達論を取り上げ、「子どもが発達していく段階で抑えておくべきポイント・クリアしておくべき課題」を紹介しています。
まず最初の乳幼児期(2歳ごろまで)。ここは人格の基礎をつくるときであり、「人を信頼することができるように育てる」ことが最重要課題。具体的には、赤ちゃんが望んだことを出来る限りすべて満たしてあげること。
まだたったの1~2歳の段階ですが、このころに適切な態度で接せられることで、赤ちゃんは「助けを求めればちゃんと手は差し伸べられる」ということを覚え、些細なことで諦めたりしない精神が育つのだそうです。
2歳を過ぎて幼児期に入ったら、ここから少しずつ「しつけ」をする時期。今度は大人の希望、社会のルールを伝えていく番。
でもこのときに、言うまでもありませんが大人の希望を「押し付けて」しまってはダメ。ポイントは子どもの自尊心を傷つけないことと、子どものペースを「待って」あげること。
本来子どもは放っておいてもある程度しっかりしようと育つのに、親の不安や勝手な期待から「早くいい子になるように」と急かしたりダメだししたり、子どもの気持ちを無視して親の希望ばかり通そうとするするからおかしくなるのだと筆者は述べています。
子どもは仲間の中で「育ちあう」存在
幼稚園や小学校に通いだす児童期は「友達と育ちあう」時期。とにかくたくさんの友達と触れ合うことが大事で、ここははっきり言って質より量なんだとか。
「仲間と楽しく遊べるようになること」が子供にとっての課題、そして「子供はひとりで育つのではなく、友達と一緒に育ちあうということを知る」ことが親にとっての課題です。
たとえ小さくても、友達だけの集まりでも、そこは立派な社会。子どもは仲間同士で遊びながら自分たちでルールを作り、ルールを仲間に教えたり、逆に教えられたりすることで、社会で生きていくためのコミュニケーション能力を育みます。
そして思春期段階の課題は「アイデンティティの確立」。自分がどういう存在なのか、自分は他人から見てどう見えているのか、自分の本質は何なのか、他の人との違いは何なのか、という客観的な視点が強い関心ごとになります。
この辺りで、児童期に出会ったたくさんの友達から、自分と気の合う仲間を選んでいく時期に入ります。量から質、に変わるんですね。
思春期はいわば「自分探し」の時期で、色々と迷ったり不安定になりやすい時期でもあります。その時に親は焦らず、待ってあげる姿勢、子どものことを信じているよというメッセージを伝えてあげることが大切だと述べられています。
逆に親の方が焦ってあれこれと心配して口や手を出しすぎると、子どもの方はもっと焦ってしまい、自身の喪失に繋がってしまうという指摘も重要です。
社会の変化により子育てが下手になってしまった現代人
しかし今日、現代社会ではこのような理想の姿勢を守りながら子育てをすることが非常に難しくなったと本書では指摘されています。
経済の発展による生活スタイルの変化、人口の都市集中、核家族化、地域の人との繋がりの希薄化・・・とにかくあらゆるものがこの50~60年の間に一気に変化しました。
「現代の子どもをめぐる様々な問題も、そういう背景を無視することはできないと思う」と筆者は言います。
特に子育てというものに関連して最も強調されていたのが「現代人は人付き合いが下手になった」ということ。もう少し詳細に言うと、人と一緒にくつろぐ、ということが出来なくなり、人付き合いを「わずらわしいもの」と思う人が増えたということ。
そして、人付き合いが下手な人ほど育児が下手、とバッサリ断言。
これはコミュ障じゃダメとかそういう短絡的な話ではなくて、何か育児で困ったことがあった時に気軽に家族やご近所さんや地域の人に助けを求められるような人間関係がある人と、自分だけで(または自分の家庭内だけで)抱え込んでしまうほかない人では、後者の方が育児不安が強い傾向がある、ということを述べたものです。
親子関係だけを一生懸命やっても、親子の関係はうまくいかないし、育児の不安もなくならないのです。
夫婦関係、近所の人との関係など、いろんな人間関係の一部が親子関係なのです。
ですから、多様な人間関係ができる人のほうが、それだけ子どもとの関係も柔軟にできるでしょうし、育児不安にもならないと思います。
(p.34)
そしてその育児に対する不安や焦りから、子供にあれこれと干渉して「思い通りのいい子」にしようとしてしまい、結果子どもの負担が大きくなったり、心が歪んでしまう、というわけですね。
事態は当時より悪化している可能性がある
もちろん、そのような「現代人の人間関係の下手さ」は日本社会が大きく変わっていったことの影響が大きいので、一概に現代人の努力不足が悪い、という論調では決してないです。「ただ、そうなってしまっている」という事実が淡々と書かれています。
この本の初版は1998年発行で、それ以前に数十回も行われた講演会の内容をまとめたもの、とのことなので、大まかに約20~30年前くらいの子育ての実情を見て書かれたものだと思いますが、本文中に「これから先の未来はもっとひどいのでしょうね」というような、嘆息のまじった「憂い」を感じさせるような言い回しが多用されているのが印象に残りました。
ここは個人的な感想になりますが、実際この本の発行から20年たった今、かつての「これから先の未来」が現在になった今、正直状況が良くなっているとは思えません。引きこもりや虐待や家庭内暴力のニュースは次から次に出てくるし、むしろ子育てが下手になってしまった親に育てられた子がまた親になって負の連鎖が続いてしまっているのでは、とも感じています。
一朝一夕に解決できる問題ではないですが、まず私たちが出来ることとして、こういった先人の言葉にしっかり耳を傾けながら、いま私たちは「そういう時代」に生きているんだ、ということをはっきり認識することが一つあるのかなと。
(ちなみに正直、読んでいる最中に「昔なら出来たんだろうけど今これをやるのは難しいよな」という気持ちになってしまう記述や、どうしても育児に関する本なので母親のあるべき姿勢についての記述で「これはもしかして今の時代だと女性の権利問題に敏感な人が見たら炎上しちゃうかも?」というものもいくつかありましたが、あくまで「子どもにとっての望ましさ」を考えた理想が述べられているに過ぎないので、そこは変に気にしすぎない方が良いのかなと思いました。)
これからの親と子どもたちへの憂いと願いが込められた1冊
というわけで、故・佐々木正美氏の「子どもへのまなざし」の内容を簡単にまとめてみました。
これからの子育てをとりまく難しい状況を案じながらも、何千、何百回と親子に向き合ってきた児童精神科医の、子育てを幸せと感じられる親が少しでも増えるように、子どもの喜びを喜べる親に育てられる子が少しでも増えるように、という「願い」のようなものも感じた本でした。
今まさに子育てをしている人、これからする人、また自分と親の関係に何か思うところがある人にも一読の価値があると思います。
コメント
もっと早くこの本の存在を知りたかったです。
子は高校生になってしまいました。
私はいわゆる毒親と言われる親子関係で育ちました。子育てをどのようにしていけばいいのかわからず。
人間関係を壊してばかり。
人に裏切られる事が多くて人が信用できません。
親は亡くなりましたが、捨てまではしなかったにしても罪悪感に苛まれ、取り返しのつかないことをした事に後悔ばかりしています。
このサイトで学ばせていただいています。
せめて、私の代で連鎖を断ち切りたいです。