私は毒親の記事を書くことで母を責めたいわけじゃない

毒親についての記事を書いているけど、別に親を責めたいわけじゃないんですよ

昨日はこんな記事を書いたわけなんですけども。

田房永子さんのコミックエッセイを読んでみたのですが 毒親ブームの火付け役ともなった田房永子さんのコミックエッセイ「いったん親のせいにし...

自分の中でようやくこのテーマについて筆をとれるくらいまでは整理がついたので、これからこの毒親(特に毒母)に関する記事がぼちぼち増えていくと思います。が、その前にどうしてもこれは自分でもわきまえとかなきゃいけない、ってことが一つ。

私は別に、お母さんを毒親呼ばわりすることで母親のことを断罪したいわけじゃないのです。「あんなことされた!こんなことされた!!どうしてくれる!!!」と怒りに任せてこき下ろしたいわけじゃないのです。

これを言っとかないと、何でもかんでも親のせいにして問題から逃げ回るただのワガママな子供の言い訳になっちゃうので、いろいろ書く前にちゃんと断っておこうと思います。自分のためにも(´д`)

はじめはただの愛情表現のすれ違い

別に毒親って、「こんなことを言ったから」「あんなことをしたから」という具体的な言動で定義できるものじゃないと思うんです。

ただ、子供時代に親からいろんな言葉なり行動なり受け取って、ひょんなことから「自分の気持ちを抑えた方がいいんだ」「親の気持ちを優先して自分は遠慮した方が上手く回るんだ」と思い込んじゃうのが事の発端だと思うんですね。

つまり、親の思う愛情表現が、子供にはそう受け取れなかった。始めはたったそれだけだったはずなんです。だからホントは誰も悪くないはずなんです。ただ使用言語が違っただけ。

※ただし田房さんのケースのように親が愛情からではなく単に自分のやりたいようにするために子供を使ってた、という事もありますし、なんなら私が「愛情があったはずだ!」と思いたいだけ、という可能性もあるので若干怖いですが・・・(´・ω・`;)でもそれも、母親も自分の心の穴を埋めようとするのに精いっぱいだった、ということですし、その穴だって誰か他の人に空けられたんでしょうし。不幸にも、負のリレーバトンを受け取ってしまった結果なんだと思います(´・ω・`)

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闘うべきは実の母ではなく、自分の心の中の母

それに私の場合、実はずっと気持ちを遠慮してて辛かった、というようなことはここ数年で何回か実際に母親に伝えたことがあります。(めちゃくちゃ怖かったしボロボロ泣いたけど)

その際、どこまで私の気持ちが伝わったのかはわかりませんが、とにかく辛い思いをしてたんだ、ということはわかってもらえたように感じたし、ごめんね、という言葉もかけてくれました

でも同時に、この人に自分の気持ちを完璧にわかってもらうのは無理なんだな、ということもその時強く実感しました。

辛かった、ということは伝わったと思いますが、具体的に何がどう辛かったのか、それを丸ごと全部わかってもらえたような安心感は正直言って全く持って感じませんでした(´д`)お母さんには悪いケド。

まぁいくら親子とはいえ違う人間なんだから当たり前っちゃ当たり前なんですけどね。自分の気持ちなんて究極的には自分にしかわかりっこないですから(´・ω・`)

でも実際に伝えてみてそのことが身に染みてよーくわかりました。そのおかげで、これは母親ではなく、自分の心の中にある問題なんだな、ということもわかりました。

つまりこの毒母問題は、実際の母親と私の闘いではなく、私の心の中に居座ってる母親の幻影と私の闘いなんです(`・ω・´)

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母を責めるためではなく、自分の気持ちを取り戻すために書く

というわけで、私はこれから自分の気持ちを整理するために自分の中の母親像との確執をブログに記すけど、それによって母を傷つけたいわけではない!!ということを書きたかったんです(´・ω・`)

そこんとこ押さえとかないと、ただ怒りをまき散らして人を傷つけるだけの文章になってしまうのでね・・・(´д`)

あくまで自分の心の回復に必要なことだと思うから書くわけで、もし同じように母親との関係で悩んでる人の助けになればいいなーっという下心も若干ありつつなわけで。

要は「私自身のために」書いてるんです、ということを改めて記しておきたい。(でももしお母さんがこのブログを読むようなことがあれば泣いちゃうかも・・・それはちょっと心苦しいな・・・ドがつく機械オンチだから無いと思うけど(´д`)

でも、特に私のケースのような「一見何の問題もない幸せな家庭に見えるのに何故か苦しんでいる」という隠れ毒親パターンの人って、そのステルス性質が故に問題が顕在化しにくいと思うんですよね。だから、少なからず当事者である自分が何らかの形で発信をしていくことは、いつかきっと意義のあることになってくれるんじゃないかな・・・という淡い期待も抱いております(´ω`)

ま、雑記ブログなのでこの話題ばっかり更新していくのはチョイと重たいので、閑話休題しつつ気長に書いていきたいとおもいますー(・∀・)

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コメント

  1. besuo より:

    初めまして。
    1年前に母とこれきり最後になってもいいという覚悟でぶつかり、1年断絶してようやく許すことができたかなと思えるようになった45歳の小・中・高、3児の母です。
    許すことができたといっても一方的なもので、母からは(反抗したことを)まだ許していないというお言葉いただいておりますが、、(苦笑)
    “もうあなたから許してもらわなくても私は構わないんだ”という気持ちになれたという時点で親から卒業できたかなと思えるようになってきたそのような時にmisoさんのブログに出会いました。

    (ちなみに母の事とは直接関係なく、仕事である保護者から理不尽な要求を受け、その方のような親をヘリコプターペアレントとかカーリングペアレントとか言うということを知っての流れでこちらにたどり着きました)

    misoさんのお母様のように、私の母もいわゆる他人から見て非のない母でした。
    でも、自分が母親になってみて、彼女の頑張りは子どもの為というよりは「良い母親という評価を受けるため」に過ぎなかったのではないかと感じるようになっていったのです。それがある些細な出来事がきっかけで一気に爆発して、でも、他の人から見ればあんないい母親に感謝もできない娘としか思われないんだろうなというのが辛くて苦しくて。

    彼女が本当に一生懸命子育てをしたことは間違いないけれど、、、一生懸命だったから、他人から見てよくできた母だから、子どもである私もそれが正しいと思わなければならないというわけではないのだと、1年かかってようやく思えるようになりました。
    そういう意味ではこの大げんかも私にとっては必要なことだったとは思っています。

    でも、母を責めたいわけではなかったのです。misoさんの記事に共感したのはその点です。
    自分の心の回復のために、母が「やったこと」は否定しなければならないけれど、母のことを傷つけたいわけではなかった。
    今後同じようなことを繰り返させないために「こういうことはして欲しくなかった」とはっきり言う必要があったし、それで悲しませてしまったけど、、でも、それは母を傷つける目的で言ってるわけじゃない。でも、当の母は相変わらず自分が傷つけられたということしか感じていない。

    だから、misoさんのこの記事を読んだ時、私の気持ちそのままだと感じて、もやもやしていた部分がハッキリしたような気がしてすごくホッとしました。

    長々と私事、すみません。
    文中に“もし同じように母親との関係で悩んでる人の助けになればいいなー”とあったので、助けになりましたよ~とお伝えしたくてコメント書かせていただきましたm(_ _”m)

    まだ全部読んでいないので、ゆっくり読ませていただきたいです。

    • miso より:

      >besuo様
      コメントありがとうございます!
      今まで親御様に対して沢山思うところがあったんだなぁということが、文章から伝わってきました。本当にお疲れ様でした・・・(´ω`)
      「他の人から見ればあんないい母親に感謝もできない娘としか思われないんだろうなというのが辛くて苦しくて。」というのが、本当に共感します。
      自分の辛さがなかなか人にわかってもらえないって苦しいですよね。

      私が最近思いついた例えなんですけど、この親子関係の状態って「ウサギに高級霜降りステーキを与え続けた」ようなものなのかな~って。
      「愛情があるから高級霜降りステーキを与えてくれた」のはわかるけど、実際はウサギが霜降りステーキなんか食べたら胸焼けどころかお腹壊すので・・・(´д`;)
      それでウサギに「せっかく高級な霜降りステーキを買ってやったのに、食べられないなんて!」と怒っても、ウサギからしたらお門違いも甚だしいわけで・・・

      「親が愛情からあれこれしてくれること」と「自分が必要だと思うこと」は本来分けて考えるべきなんですよね。
      でも私たちの心の中には「親からもらった霜降りステーキは胸やけしてでもすべて平らげなければならない」という変な呪縛が残ってしまっているので、その呪縛と闘うためにこうやって自分の気持ち(=こういうことはしてほしくなかった)を表明する練習をしているんだよー、というのが伝わればいいなと思ってこの記事を書きました。

      私のブログが少しでもお役に立てたと知れて、とても嬉しかったです。コメント残して頂いて本当にありがとうございます。
      まだまだたくさん記事書いていきますので、またいつでも遊びに来てくださいね(´∀`)