もくじ
「タスクシュート100日チャレンジ第2期」完走しました
どうもこんにちは、misoです(・∀・)
もうすっかり時間が経ってしまったのですが、先日2023年3月に、タスクシュートを使った「先送りせずにすぐやる人に変わる 100日チャレンジ(第2期)」の卒業式を迎えました。
こちら第2期の一般枠として2022年の12月から参加していたもので、カンタンに言うと「タスクシュート式という概念を使ってタスク管理をしながら100日間過ごし、先送りをなくすことを目指す」という企画です。
タスクシュートの実践はまったく初めてだった私にとっては最初は不慣れなことが多く試行錯誤しながらのチャレンジでしたが、無事に最後まで脱落せずに続けられたことにまずはホッとしております(´ω` )
そして、今回のチャレンジを通じて色々と気付いたことや変化があったので、出来る限り書き留めていこうと思います。
最も大きな変化はクヨクヨ後悔する時間が減ったこと
今回のチャレンジで私がもっとも変化を感じたことは、
やりたかったことが出来なかった時や、ついダラダラしてしまった時間について、後悔したり悩んだりする時間が減った
ということです(・∀・)
気持ちの切り替えが以前よりもパッと出来るようになった、という感じ。
私は以前から、
- やるべきことに追われてやりたいことが全然できない。
- いざ時間が出来たと思っても、気力や体力をやるべきことのために既に使ってしまったので、やりたいことに手を付ける気になれない。結果、ダラダラ休憩してる時間が長くなる
- そうこうしている間にまた次のやるべきことがやってくる。以下ループ。
という悩みをなかなか解決できずにいました。
会社員の方だと、土日になったらアレやってこれやってここに出かけて・・・と思いながら頑張って平日を生き抜いたけど、いざ土日になったら何もかも面倒で布団でゴロゴロしてるうちに休みが終わった、みたいなことを経験したことがある人が多いと思いますが、あんな感じ(´Д` )
もっと具体的に言うと、「家事や締め切りがある仕事はできるけど、勉強や自己投資のような締め切りのないタスクがずっと後回しになってしまう」という状態でした。
ピアノの新曲の練習とかブログのメンテナンスとかFPの勉強とか、時間が出来たらやりたいことは色々あるはずなのに、日々の家事や締め切りのある執筆作業といったものに時間を追われて、全然手をつけられない。
でもそんな焦燥感とは裏腹に、ここ数年は環境の変化やコロナのせいもあり、ほぼ在宅で専業主婦と変わらないような生活スタイルをしているので、フルタイム会社員の人よりは圧倒的に時間はあるはずなんですよね。実際、まとまった時間はそれなりに取れるのに、そういう時に限って全然やる気が起きないし、休憩したくなる。
時間はあるはずなのに、時間に追われてる「感」がずっとある。時間はあるはずだからこそ、それを全く有意義に使えていない自分への自己嫌悪が余計に大きくなる。
朝もっと早く起きられたらこの作業を進める時間がとれるのに・・・さっきスマホいじってた時間があれば今こんな寝る前になってデスクに向かわなくてすんだのに・・・ご飯を作らなきゃ行けない時間だからこの作業は今日はもう出来ないな・・・
たまに調子が良いときは思ったように行動できる日もありましたが、そんな日は1週間のうち半分もなかったと思います・・・( ;∀;)ツラピヨ
「『やったことはいちばん大事だった』とみなしてしまった方がいい」
そういった現状を変えるヒントが欲しい、という思いで100日チャレンジへの参加を決めたわけですが、ある日講師の佐々木正悟さんとやりとりをする中で、
「『やったことはいちばん大事だった』とみなしてしまった方がいい」
という言葉が出てきまして、この「みなす」というのが私にとっては大きなブレイクスルーのきっかけになりました。
私が常々思っていた「やるべきことに追われてやりたいことが全然できない」っていう悩みは、もう少し詳しく分析すれば「自分で思っているやりたいことをやってるほうが、やるべきことをやってるよりも有意義で有益と思っている」ということになります。
つまり、価値の感じ方が
やるべきこと < やりたいこと
になっている・・・ってまぁそりゃそうだよねぇ。大抵の人はそう感じるのが普通だと思う。会社で仕事してるより休みの日に趣味してる方がそりゃ有意義に感じるよねぇ・・・
でもこの感じ方って、よくよく考えれば「自分がそう思ってるだけ」に過ぎないんですよね。
・・・ってことにチャレンジ中に気付いたのです。これで結構見える世界が変わった気がしました。
私で言えば「ピアノの新曲の練習とかブログのメンテナンスとかFPの勉強のほうが、日々の家事や締め切りのある執筆よりも有益で有意義である」と無意識に思っていたことになりますが、
自分ではそう思ってるけど実際にその通りかなんて証明しようがないですよね???
日々の家事や締め切りのある執筆は、ピアノ練習やFP勉強より意義も価値もないタスクだとなぜノータイムで言い切れるのか?
いや、もしかしたらホントに意義はないのかもしれないですよ?でもそこってそもそも比較しようがないものだと思うし、ホントのとこはよくわかんないはず。むりやり評価しようとしても軸が無限にありすぎてキリがないし。
ここで重要なのは、どっちなのか確かめようがないことに関して、なぜやりたいこと>やるべきことだと「言い切れる」のか?ということ。それはつまるところ、自分がそう思っているから、に他ならない。
では、自分のそんな思い込みから外れた考え方を試してみるのはどうか?というのが「みなす」というテクニック。
要はやったことの意義の有無なんて考察したってわかりっこないんだから、とりあえずやったことは意義があった・大事だった・必要だったと「みなして」しまえば、下手な時間の使い方だったとクヨクヨ後悔することがなくなるのでは?
という考え方なのですが、これが私にはアタリだったようです。
下手に反省してるよりも先に進むほうがとりあえず現実は回っていく
今までは「目覚めてからしばらくベッドでゴロゴロしちゃったから今日の活動時間が短くなった・・・」とか、「最近締め切りに追われてるからピアノの練習時間が全然とれてない・・・」とか悩んでたわけですが、
しばらくベッドでゴロゴロしちゃったのも必要なことだったと「みなす」
執筆ばかりしてるのも大事なことだったと「みなす」
という風にしてみたんですよ。(してみたんですよ、ってカンタンに言ってるけど、当然最初は上手くそう思えないこともありました。それでもトライし続けたって感じ)
もちろん活動時間をより長く確保することも、ピアノの練習時間を確保することも大事なことだし実現できたらハッピーなことです。でもだからといって、ゴロゴロしている時間や締め切りに追われている時間がそれらと比較して価値のないものだ、と言い切ること出来ないはずなんです。なぜか我々はそう思い込みがちですけど。ソレとコレとはまったく別の話。
だって、「午後から活動するためには午前中にゴロゴロして体を休める必要があった」という可能性を全否定することはできないし、締め切りを落とすと普通に先方に迷惑かけるわけだから大事じゃないはずがないし。
極端にいえば横になって呼吸しかしてない時間でさえ、全くの無意味であるという証明はできないんです。だってその時間が将来の自分の残りHPに寄与してる可能性だってあるはずですから。
こう書くとすごい屁理屈っぽくなってきましたけど、屁理屈だろうがなんだろうが、こっちのほうが自分を責めて無駄なエネルギー使うよりはよっぽどダメージ少ないんだからそっちのほうがよくね?って話をしてます。
100日チャレンジを始める際に「タスクシュートの考え方ではタスクに優劣を付けない」ということを説明されたのですが、多分こういうことなのかな?
で、この考え方をすると、「今の時間も必要な時間だった!ヨシ!はい次!」と、とりあえず目の前をみて先に進もう、という気持ちが起こりやすくなりました。つまり自己嫌悪して自分を責めることにエネルギーや時間を長く割かなくなった。
もちろん、過度に自分の行動を正当化し始めるのはまた別の問題が発生してきそうですけど、何度やってもタスク管理が上手く回らなくて自己嫌悪してる人とか、特に「出来ていない所」に目が行きがちな人とか、こんなの他の人は当たり前にやってる!こんな程度で自分を認めるなんて出来わけあるか(怒!)と思いがちな真面目さん・完璧主義さん・ストイックさんetc.にとってはこれくらい軽率に現場猫を召喚するスタンスで多分ちょうどいいんだと思う。ちなこれ全部過去の私ね。
そして実際このほうが、何も出来なかったなー全然上手く出来てないなーとモヤモヤしながら反省と振り返りの時間を過ごすよりも、圧倒的に目の前の現実は回っていくんですね。とりあえず今目下のタスクは進んでいくと。
そして仮にやりたいタスクに着手できなかったとしても、自分責めに無駄なエネルギーを使わなくなっているので、気力や体力が残りやすいのも感じました。これはかなり大きな恩恵だと思う。
「頭の中の理想をリストに反映するのではなく、目の前の現実をリストに反映していく」
もう一つ講師の佐々木さんから頂いた言葉で、「タスクシュートは頭の中の理想ではなく、現実を反映することを目指している」というものがありました。
頭の中の理想、とは、従来やってきた考え方。コレがやりたいことでコレはやるべきこと、と頭の中で妄想しながら線引きし、その線引きと優先順位にしたがってタスクリストをつくっていくこと。
それで上手くタスクを回せる人はそれでいいけど、やりたいことが後回しになることで自己嫌悪を生む要因にもなる。
そうではなく現実を反映するとは、頭の中で考えるやりたい・やるべきは一旦置いておいて(重要)、実際自分は今日こんなことをした→それはきっと自分にとって必要だったと見なす→そんな今日の自分をもとにして明日のタスクリストを作るということ。
こうすることで、自分の頭の中にある希望的観測ではなく、実際に今の自分の身の丈にあった仕事量をベースに予定が立てられるようになる。だから理想と現実のギャップが小さくなっていく。
ずっと「これがしたいはずなのにずっと出来てない・・・」と理想と現実のギャップに自己嫌悪し、特に頭の中の理想を「当然そうあるべき姿」と無意識に思って悩み続けてきた私のような人間にとっては、今回紹介した「とりあえずみなす」というテクニックは思考のクセに一石を投じる考え方になり、ずいぶんと肩の荷が軽くなりました。そして良い意味で自分に期待しすぎなくなったようにも思います(・∀・)
まだ書きたいことはあるんですが、既に長くなったので一旦区切ります。次回に続く。
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